人が何かを判断するとき、最初に見た数字が大きな影響を与えてしまいます。これをアンカリング効果と呼びます。提示された数値や情報が印象に残り、基準点(アンカー)となるのです。
また、アンカリング効果は心理学でコントラストの原理とも呼ばれています。名前は違いますが、どちらも同じものだと考えるようにしましょう。
これらはどれも、対比させることによってビジネスで商品・サービスを売りやすくさせる手法になります。マーケティングや営業の場面では頻繁に行われているため、売上を増やすときに多くの人が取り入れるべき方法でもあります。
この手法を理解すれば、ビジネスとして交渉するときや商品販売を行う際に「どのようにビジネスを進めていけば良いか」を理解できるようになります。そこで、「アンカリング効果(コントラストの原理)をどうビジネスで活かせばいいのか」について解説していきます。
対比させて商品を売るマーケティング・営業の手法
比較対象があると、物が安く見えたり高く見えたりします。ビジネスでは頻繁に使われる手法ですが、値段は最初に高く設定した後に、少しずつ下げていったほうが良いです。そのほうが値段は安く思えるようになり、お得感を出すことができるからです。
例えば、5千円の服と1万円の服があります。普通であれば、1万円の服は高いと思ってほとんどの人は5千円の服を買うと思います。しかし、見せ方によってはこの価値観が180度変わります。
例えば、先ほどの1万円の服に前提条件をつけて次のようにします。
「定価が5万円の服だが、既に流行も過ぎているし在庫を早く処分したい。そのため、今日だけに限って先着3名様までこの服を1万円で売ります」
このようにすれば、先ほどの1万円の服が急に安くてお買い得のように思えてこないでしょうか。きちんとした理由を付けて値段を下げていくことによって、それまで高いと思っていた商品が安く思えてきます。
実践したのは、最初に高い値段を見せてそれを下げていったことだけです。最初の5万円から考えれば、1万円はとても安いのです。
このようにアンカーとして高いものを提示し、その後に安いものを対比させることで見方が変わってくることがアンカリング効果であり、コントラストの原理です。
アンカリング効果によるビジネスの具体例
それでは、実際にアンカリング効果がどこで活用されているかというと、それはスーパーやコンビニを含めあらゆる店舗で実施されています。
実際、こうした店舗ではメーカー希望価格や以前の販売価格などをわざわざ表示して、それよりもかなり値引きしていることを記します。それでは、なぜ高めの価格を提示するのでしょうか。これは、アンカリング効果を期待して「自分の店舗はとても安い金額で売っている」ことをアピールするためです。
そのため、例えば家電量販店でパソコンを95,000円で売るとき、そのままの金額を提示してはいけません。そうではなく、元値から値引きしていることを記す必要があります。例えば、以下のように提示します。
悪い例と値引きを提示した例を記しましたが、値引きしたことを記せば成約率が大幅に上昇します。わずかな違いかもしれませんが、この微妙な差によって売上が劇的に改善します。
ただ、よりお客さんの目を引かせるにはどうすればいいでしょうか。このとき、次のようになります。
同じように値引きをするのであれば、お客様に対して「できるだけ良い買い物をした」と思わせないといけません。そこで上図のように手直しするほうが、より満足してもらえます。
まず、最初の起点(アンカー)を高くします。ウソの値段設定だと微妙ですが、本当なのであれば何の問題もありません。
しかも、そこに限定性を付けます。「本日に限り」「〇日まで限定!」のように、希少性を付加することによって購買へと導くことを忘れてはいけません。
また、このとき店員に声をかけさせるように仕向ければ、その人はパソコンにかなり興味をもっている人であり、あと少し値引きを頑張れば購入してくれる可能性が高いです。
そのため、声をかけてくれたお客さんについては少し営業を仕掛けるだけで次々と商品が売れていきます。
文章だけでお客さんの興味を惹かせる技術を、コピーライティングといいます。コピーライティングでは、「ある一文を変えただけで、上手くいけば商品の売上が10倍になる」ことがよく起こります。この現象については、ここまでの具体例を考えるだけでも理解できるのではと思います。
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真ん中の商品を売れやすくする松竹梅の法則
しかし、高い商品のほうが利益率は高くなるため、ビジネスでは値段を上げることを考えなければいけません。単に安く見せればいいわけではないのです。
そうしたとき、これについてもコントラストの原理を活用しましょう。アンカーを作ることにより、高めの商品を売りやすくするのです。
例えば以下のような商品があれば、どちらのコース料理が売れるでしょうか。
- コース料理A:10,000円
- コース料理B:12,000円
これについては、料理Aが最も売れます。2つの商品が並んでいるとき、わざわざ高い値段を出す人は少ないです。しかし、以下のように提示すると料理Bが急に売れ始めます。
- コース料理A:10,000円
- コース料理B:12,000円
- コース料理C:15,000円
最も値段の高い料理Cについては、まったく売れなくても問題ありません。ただ、こうした価格帯の商品を打ち出すことにより、急に料理Bがお手頃のように見えてしまいます。料理Cというアンカーを置くことで、値段が高めの料理Bを選びやすくさせることができるのです。
人間というのは、3つ商品があったときに無意識に真ん中の商品を選ぶ心理が働きます。これを松竹梅の法則といいますが、要はアンカリング効果を活用した手法だと考えれば問題ありません。このように考えると、商品・サービスの出し方を工夫するだけで顧客単価を上昇させることは可能なのです。
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最初に高額商品を売った後で、それより安いものを売る
それでは、コントラストの原理はこうした値段提示の場面だけで有効なのかというと、当然ながらそのようなことはありません。アンカリング効果を利用している他の例としては、高額商品を売る場面でも広く活用されています。
例えば高額商品の代表例として結婚式があげられます。結婚式では式場の使用料、ウエディングドレスのレンタル料、出席者に振る舞う料理の費用など、たくさんのお金を必要とします。このとき結婚式を挙げる当事者(夫婦)は抵抗なく結婚式のオプションを追加してしまいます。
要するに、結婚式自体に莫大な費用が掛かるため、お色直しなどのオプションを追加したとしても、それほど差がないように感じてしまうのです。
このことを熟知しているウエディングプランナーは、結婚する夫婦たちに対して、「一生の思い出になりますので、ぜひご検討ください」と伝え、追加オプションを次々と勧めます。その結果として、ウエディングプランナーは新郎新婦に満足してもらいつつ、自分たちの利益を膨れ上がらせているわけです。
同じことは自動車でもいえます。車のディーラーは本体を購入した人に対して、カーナビやフロアカーペットなどのオプションの追加購入をお客様に勧めます。この場合にも、数万円ほどの商品が次々と売れていきます。数百万円の買い物に比べると、数万円の買い物は小さく感じるからです。
最初に悪いものを見せる方法も有効
なお、高額な製品・サービスを最初に提示するときだけに有効な心理学ではなく、悪いものにも適用できます。
例えばお客さんに不動産を見てもらうときに、わざとボロボロの物件を最初に見せることがあります。このとき、当然ながらお客さんは「この物件では……」と断ります。
その次にようやく本命の物件を見せます。「先ほどの不動産物件と値段は同じなのですが……」と伝えて本当に売りたい物件を見せると、先ほどのボロボロの物件との落差によって良い物件のように思えてしまうのです。
普通の物件であっても、最初に悪い物件を見せられることによって、何でもない物件が素晴らしい物件へと変化してしまいます。さらにボロボロの物件と値段が同じことを伝えているので、大きなアンカリング効果が働くようになります。
重要なのは値段ではなく「落差」です。この落差が大きくて理由もしっかりしているほど、アンカリング効果(コントラストの原理)が強く働きます。
広告を見ていても、「今回に限り10%OFF」としている企業はあるものの、それでは落差が少なすぎます。そうではなく、「いまだけ小売希望価格よりも60%OFF!」などのように、お客さんがより大きく反応する落差を付けなければいけません。
交渉時に効果的なドア・イン・ザ・フェイス・テクニック
落差を付けることがコントラストの原理で重要になりますが、こうした心理学の手法は交渉時にも有効に働きます。
同じように「最初に大きなものを提示して、次に小さい要求をお願いすることで受け入れてもらう手法」が存在し、これをドア・イン・ザ・フェイス・テクニックといいます。最初に大きな要求(アンカー)を伝えることで交渉を有利にするため、これまで解説したアンカリング効果とほぼ同じだと考えましょう。
厳密にいうとコントラスト効果では、対比させることで要求を受け入れやすくしてもらいます。それに対してドア・イン・ザ・フェイス・テクニックは、「最初にわざと断られるような大きな要求をした後で、それよりも低い依頼をする」というものになります。
他人と交渉する上で、これらドア・イン・ザ・フェイス・テクニックは必ず知っておきたい重要な手法になります。例えば、会社間での取引において、以下のような会話があったとします。
営業マン:すいません、今月は予算が厳しいので、今回だけ仕入れる商品の値段を半額にしていただけませんか・
取引先:ちょっと待ってください。さすがに半額にするのは無理ですよ。 営業マン:それなら、今回だけ商品の値段を2割引にしていただけませんか。よろしくお願いします。 取引先:わかりました。今回限り、商品の値段を2割引にしましょう。 |
この例では、営業マンは最初に「商品の値段を半額にしてください」という要求を取引先に提示しました。この依頼は、営業マン自身が断られることを想定して取引先に出したものです。無理な要求をされたため、当然、取引先はその依頼を却下します。
すると、営業マンは「半額が無理なら2割引でお願いします」と伝え、半額よりも軽い要求を取引先に提示しました。この状況は、営業マンは「半額は無理」という取引先の意思に譲歩した形になります。
それにより、取引先は無意識のうちに「この営業マンはこちらの意思に譲歩してくれた」と感じ、要求を受け入れてくれやすくなります。
要求を下げたら、人はそれに応えようとする
ちなみに、こうしたドア・イン・ザ・フェイス・テクニックでは「返報性の法則」という原理も働いています。返報性の法則とは、「人に良いことをされたら、それに返さなければいけないと感じる心理」をいいます。
例えば、オフィス内で知らない人から「おはようございます!」と言われたら、たとえ赤の他人であっても「おはようございます」とほとんどの人が返します。これは、相手から先にあいさつをされたため、それに応えようとするために起こります。
同じように考えると、商品価格を2割にすると先に譲歩してくれたため、この恩義に対して応えようとする心理が働くようになります。
また取引先の立場からすれば、「商品の値段を半額にする」という要求に比べて、「商品の値段を2割引する」のほうが負担は大幅に軽くなります。最初の要求と2番目の要求との間に大きな落差が生じ、取引先は2番目の要求を実際以上に軽いものに感じるようになります。
これらの心理現象の結果、営業マンの狙い通り「商品の値段を2割引にしてほしい」という要求に取引先が応じた形になったわけです。ドア・イン・ザ・フェイス・テクニックを活用することで、こちらの要求を相手に受け入れてもらうことができるのです。
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本命の依頼をする前に、より大げさな要求を提示する
先ほどの取引例のように、自分の要求に相手が応えてもらいたい場合には、まず相手に対して断られそうな大げさな依頼を出すのが効果的です。そのあとに最初よりも程度の軽い要求を伝えれば、依頼に相手が応えてくれる可能性は非常に高くなります。
重要なポイントとしては、「最初に提示する依頼より、明らかに本命の依頼が軽いもの」という事柄があげられます。
例えば、相手からお金を借りたい場合、最初に「100万円貸してください」と相手に要求し、断られたとします。その後、「じゃあ、90万円でもいいから貸してください」と依頼したとしても、相手がお金を貸すことに応じてくれる可能性は極めて低いです。
貸す金額が100万円から90万円に変わっただけでは、最初の依頼と2番目の本命の依頼との落差が少な過ぎるからです。
そのため、最初に出す依頼は常識の範囲内を超えるか超えないかぐらいの大げさなものにしましょう。その後には、落差も考慮しつつ常識の範囲内に留まるレベルで本命の依頼を相手に提示します。ドア・イン・ザ・フェイス・テクニックについても、アンカリング効果と意味は同じなのでやはり落差が重要になるのです。
拒否された後に譲歩するテクニックを活用すれば、あなたの要求を通してもらいやすくなります。その結果、ビジネスがスムーズに進むようになります。
・アンカリング効果はプライミング効果とも呼ばれる
ちなみに、アンカリング効果は別名でプライミング効果とも呼ばれます。「先に与えたものによって、後の印象が変わる現象」がプライミング効果です。
心理学では、まったく同じことであっても違う名前で表現することがあります。ただ、私たちは学者ではないため、ビジネスの場でこれらを厳密に分ける意味はありません。そこで、以下はどれも同じものだと考えるといいです。
- アンカリング効果
- コントラストの原理
- ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック
- プライミング効果
重要なのは、落差を付ければ商品・サービスが爆発的に売れていくという事実です。この心理効果をあなたの事業の中に取り入れるようにしましょう。
対比させることでマーケティングや営業をスムーズにする
要求を対比させることによって、こちらが望むように行動させる心理テクニックがアンカリング効果(コントラストの原理、プライミング効果)であり、ドア・イン・ザ・フェイス・テクニックでもあります。これらを有効活用すれば、ビジネスを行いやすくなります。
実際のところ、心理学の要素を取り入れ、交渉先やお客さんが何を望んでいるのかを調べることができれば売上はすぐに上がっていきます。
これは人と接するときでも同じです。例えばお客さんから受けた質問に回答する場合であっても、猶予期間を長めに取った方が良いことが理解できます。実際、「1週間以内に答えます」と宣言した後、3日後に回答するのは何も問題ありません。しかし、「1日後に答えます」と伝えたにも関わらず3日後に回答すると、約束破りだと思われてしまいます。
このように考えるとビジネスに限らず、あらゆる生活の場面でアンカリング効果が有効であることが分かります。あらゆる企業が取り入れている手法であるため、あなたのビジネスでも必ず活用するようにしましょう。
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