資本主義社会の中で働き、成果を出すとなると、そこには高いリーダーシップ性が要求されます。リーダーシップがなければ、当然ながら会社組織で成果を生み出すことはできませんし、経営者であればみんなを引っ張っていくことができません。

それでは、リーダーシップというのはどのようにして発揮されるのでしょうか。多くの人が勘違いしているのは、「リーダーを務めるためには、多くの人を惹きつけるカリスマ性がないといけない」と考えていることです。

ただ、実際のところリーダーシップに高いカリスマ性は必要ありません。それよりも「高い志をもっているものの、常に謙虚であること」がリーダーの条件として重要になります。そのため、リーダーシップに生まれつきもっている資質や才能は関係ありません。

そこでリーダーシップとは何かについて解説し、どのようなスキルなのかを確認していきます。

リーダーにカリスマ性は必要なのか

高いリーダーシップ性をもち合わせている人といえば、学生時代に学級委員長を務めたり、クラス全体をグイグイと引っ張っていったりするような人を想像してしまいます。いわゆる、クラスの中でも人気者と呼ばれる人たちのことを指します。

ただ、大人の世界ではどうかというと、そうした人たちが必ずしも高いリーダーシップ性を発揮しているわけではありません。むしろ、組織の中で物静かな方であり、あまり人前に出るタイプでない人がリーダーとして活躍することがあります。

これは私も同じです。私は初めて会社を27歳で立ち上げた後、28歳のころには3社の経営を行うまでになり、その後はさらに増やし続けています。もちろん、どれも大きな黒字を残している会社ばかりです。

その結果だけを聞けば、小さいころから大きなカリスマ性を発揮しているのだと考えてしまいがちですが、実際のところそうではありません。もともと、私はかなりの人見知りです。また、今ではかなり改善されていますが、女性を前にすると何を話せばいいのか分からないほど、学生時代はいつも赤面していました。

部活は中学校から大学までバドミントンを続けていましたが、部活でもエースだったことはありません。高校は進学校であり、大学は国立なので部活が強豪校だったわけでもありません。そのように考えると、学生時代に大きな成功体験は残していないのかもしれません。

カリスマ性のある人がリーダーではない

これは、別に私に限ったことではありません。例えば、学生時代に部活動を経験している人は多いと思います。このとき、どのような人が部長に任命されたでしょうか。

特に本気で上位を目指している部活であるほど起こりやすいのですが、このときはエース(部内で一番上手い人)が部長に選ばれるケースはそこまで多くないです。要は、必ずしもカリスマ性のある人がリーダーに任命されるわけではないのです。

それよりも、毎日部活の練習にいそしみ、先生(コーチ)との連絡を適切に行い、雑用まで目が行き届く人のほうが部長に任命されやすいです。エースの役割は「自分が勝つことでチームを勝利に導くこと」にあります。一方でリーダーは、「エースを含め全員のレベルアップを図り、チーム全体を勝たせること」にあります。

エースは自分の勝利だけを考えればいいですが、リーダーは新人の面倒まで含めて全体を見渡せる力が必要です。そういう意味では、役割がまったく異なるのです。

たとえ実力が高かったとしても、あまり部活に顔を出さずに努力していない人についていきたい人はいません。「実力が上であること」と「人間的に優れていることによって発揮されるリーダーシップ」は別物なのです。

たとえ最初は実力が低かったとしても、真面目に練習を行い、着実に実力を上げて大会上位に食い込むようになった先輩がいたとしたら、あなたはどのように思うでしょうか。そうした過程を間近で見ている人は「この人に付いて行きたい」と思うようになるはずです。

まずは自分自身が努力する

そのためには、リーダー職に就いている人は自分自身を律する必要があります。努力するのは当たり前であり、他人を指導する前に自分を徹底的に指導するようにするのです。

リーダーである以上は、人を動かす立場にあります。そのため、「人を上手に使いこなすようにしなければいけない」と勘違いしやすいです。ただ、実際はそうではありません。自分が思っている通りに行動してもらいたい場合、まずは自分自身が率先して動く必要があります。

例えば、会社の中が汚いために掃除をしたいと考えたとします。このとき、経営者が社員に対して「掃除をしよう」と言っても、結局のところ従業員が嫌がって動かないことがほとんどです。

それでは、「みんなで掃除をしよう」と言った後、社長自らモップやぞうきんをもって清掃をし始めればどうでしょうか。この場合、「社長が率先して掃除しているので、自分も行動しなければいけない」と考えるようになります。そうして、むしろ部下の方から「自分にできることはないでしょうか」と言ってくれるようになります。

リーダーシップ性を発揮することで、付いて行きたいリーダーとして慕われる方法は「自ら動けるかどうか」にかかっています。よく考えれば当たり前のことですが、こうしたことを実行できていない人が多いです。人に指示を出す前に、リーダー自身が行動できていないと、人は付いていこうとは思わないのです。

リーダーは努力をしている

そのように考えると、本物のリーダーであるほど影で努力をしています。当然、自ら率先して動いています。言葉で指示を出すというよりも、自らの行動や態度で示すのです。人を律するよりも、自らを律することのほうがリーダーとして重要になります。

「努力をする」「率先して行動する」などであれば、別に特殊な能力は必要ありません。そのため考え方次第によって、誰でもリーダーシップ性を発揮することができます。

カリスマ性ではなく、自らを律することで人を動かすように意識してみましょう。そのため、あなたがリーダー職の立場にあるのであれば、まずは自分の行動を変えて努力する必要があります。そうすれば、組織がまとまるようになります。

リーダーは決して諦めず、謙虚に接する

また、リーダーとして必要なスキルは他にもあります。それは、決して諦めないことです。自ら率先して行動するのは当然として、諦めずに実行し続けます。

実際に私が何人もの成功者と接してきて、高いリーダーシップ性を発揮している人を見ると、意外に「強いリーダー」「人よりも前に出て先導するリーダー」というのは少ないです。それよりも、実行に移すときの行動力が強く、失敗があっても諦めない性質をもっているケースが多いです。

生まれつきもっている資質や才能ではなく、「行動する」「諦めずに動き続ける」くらいであれば、「自分もリーダーとして活躍できるようになれる」と思えてはこないでしょうか。

・謙虚さとは何かを理解する

他にも、リーダーシップを発揮する人は謙虚です。何か成功したことがあれば、「運が良かったから」「周囲の人が助けてくれたから」と考えます。うまくいったときに「自分の手柄だ」と思うのではなく、心の底から周りのおかげだと感謝するのです。

そうすれば、さらに周りの人が助けてくれます。リーダーシップというのは、自分自身の力で何とかする能力ではなく、周囲の人を巻き込んで達成する力のことを指します。

必ずしも強いリーダーに付いて行きたいとは思わない

実際、強いリーダーに周囲の人は付いていきにくいです。それよりも、実直で謙虚に接することのできるリーダーのほうが、大きな成果を生み出せるようになるのです。

だからこそ、リーダーシップに大きなカリスマ性はそこまで必要ありません。それよりも、「リスクを取って行動に移すことができ、謙虚で人格的に優れている人のほうがリーダーに向いている」といえます。そのため、学生時代に学級委員長をしていたり、部活の部長として活躍したりした経験は必要ないのです。

リーダーシップというと、何やら重い言葉のように感じます。ただ、「リーダーシップ=カリスマ性」ではないため、そのイメージを取り去らなければいけません。そうして本来のリーダー像を理解すれば、実は考え方次第で誰でもリーダーシップ性を発揮できることが分かります。

強いリーダーを目指してもいいですが、実際のところそのような天才的な素質をもった人は一部です。それならば、人をグイグイ引っ張っていくよりも、周囲を巻き込みながら成果を出していく「素直で謙虚なリーダー」を目指しましょう。

挫折経験と弱者への配慮が強いリーダーをつくる

さらにいうと、挫折経験をもつリーダーであると、よりリーダーシップを発揮できるようになります。

「誰もが認めるような素晴らしい実績や経歴」をもつことは素晴らしいです。ただ、それよりも、挫折経験があったり弱者への心配りができたりすることが、強いリーダーだといえます。

リーダーである以上は、他人から「この人に付いていきたい」と思われなければいけません。このとき、何でもうまくこなしてしまうエリートの人に付いていきたいかというと、実はそうでもありません。

例えば、東京大学を卒業した後に大手コンサルティング会社勤務を経験し、トップ成績を残して順風満帆な人にあなたは指導を受けたいでしょうか。もちろん話としては興味をもつでしょうが、そうした人の話を聞いても実際のところ参考になるものはありません。

一方、三流大学を出て就職し、ダメ営業マンとして仕事をしていた人が「あるきっかけ」を境として大活躍するようになり、最終的には大企業の社長を務めるようになった話であればどうでしょうか。

最初からエリートだった人の話ではなく、「自分よりも能力の低いであろう人が、どのようにして成功したのかに関する物語」であるため、自分にも応用できることが多いように思えないでしょうか。

最初からずっと上手くいっている人を見たとき、多くの人は「もともと、能力の高い人だから成功できたのだ」と思います。一方、成果がまったく上がらなかった人が大成功をおさめたとき、「自分もあのようになりたい」と思うようになるのです。そうして、多くの人が付いてくるようになります。

ダメなときの感情を知っているリーダーが優れている

なおスポーツの世界であれば、「一流選手は必ずしも一流の監督ではない」という話を聞いたことがあると思います。これは、一流選手では何でも簡単にできてしまうため、それを体現化・言語化して後輩へ伝えることができないのです。

要は、「なぜできないのか」「どの部分でつまずくのか」というポイントが分からないのです。

一方、スポーツの世界で挫折経験のある人であればどうでしょうか。スランプに陥ったとき、なかなか成果を出せないとき、心が折れそうになったときなど、こうした経験を積み、乗り越えることで人は成長していきます。

そうして、リーダーとして指導する立場になったとき、実際にスランプに悩んでいる人に対して自身の経験から的確なアドバイスを行えるようになります。心が弱っている弱者の気持ちが分かるため、どのようなフォローをすればいいのかを理解しているのです。

これが一流選手のように何も問題なく成功した人であれば、そうした指導まで踏み込んで教えることができません。「現役時代に輝かしい活躍をした人」でなくてもスポーツで一流と呼ばれる監督がいるのは、こうした理由があるのです。

本当の意味で、天才ではリーダーシップ性を発揮できません。弱者への心配りができず、挫折者の気持ちを理解できないからです。リーダーに輝かしい実績は求められておらず、それよりも人に対する配慮の方が要求されます。

大きな実績を残した人の方がリーダーに向いている理由

そうはいっても、大きな実績を残した人のほうが、リーダーとして任命されやすいのは確かです。また成果を残している人であるほど、チームをまとめて大きな成果を出す確率が高いです。これは、なぜなのでしょうか。

理由は単純であり、このような人物は「誰もが認めるような成果を生み出すために、大きな失敗を何回も繰り返すことで成長していった人」であるケースが多いからです。大きな挫折経験を何度も重ねることで、「どのように努力すれば凡人が活躍できるか」に関するノウハウを貯めていっている人だと言い換えることができます。

成果を出せなかった人は、単に努力不足である可能性があります。また、そうした人だと失敗を恐れて何も行動しません。一方で成果を出している人は、それ以上に無数の失敗を重ね、たくさんの挫折を味わっています。成果を出している人であるほど諦めずに行動しており、失敗の数も多いのです。

輝かしい経歴が必要ないからといっても、まったく努力しなくても問題ないという意味ではありません。むしろ逆であり、リーダーであるほど多くの挑戦をして失敗や挫折を経験し、成長することで大きな成果を生み出せるように努力しなければいけません。

そうした中で活躍するようになれば、弱者への心配りや失敗に対する対処法を理解できるようになるため、「あの人に付いていきたい」と思われるようになります。

リーダーシップに必要な要素を理解する

リーダーシップの考え方について、勘違いしている人は多いです。ただ、正しいリーダーシップについて学べば、何を実践すればいいのか見えてくるようになります。

生まれつきの才能はリーダーに求められません。それよりも、「圧倒的な行動力」「実践し続ける信念」「謙虚な心」が必要になります。これさえできれば、誰でもリーダーとして周囲を引っ張っていけるようになります。

当然、行動すると多くの失敗を重ねるようになります。ただリーダー職に就いているのであれば、挑戦することで多くの挫折を味わい、その中から成功の糸口を見つけるように努力しなければいけません。

そうして多くの失敗と成功を重ね、弱者へどのように配慮すればいいのかを理解できるようになれば、組織を成功へと導く強いリーダーとして活躍できるようになります。

本物のリーダーというのは、こうして生まれます。特別なカリスマ性ではなく、行動力や継続する力などのスキルを磨き、周囲の人を前進へと導くようにしましょう。

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